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本日のGoogleトップは平塚 らいてう(らいちょう)生誕128周年記念デザイン


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本日、2/10は女性の権利獲得に生涯を捧げた平塚 らいてうの生誕128周年、Googleトップはレトロなイラストでデザインされています。中心で平塚 らいてうが持っている雑誌が「青鞜」、「青鞜」は戦前の日本のフェミニズム運動で大きな役割を担った同人雑誌です。

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平塚 らいてうとは

平塚 らいてう(ひらつか らいちょう、本名:奥村 明(おくむら はる)、1886年(明治19年)2月10日 – 1971年(昭和46年)5月24日)は、日本の思想家・評論家・作家・フェミニスト、戦前と戦後に亘(わた)る女性解放運動・婦人運動の指導者。
平塚は、特に、大正から昭和にかけ「婦人参政権」の獲得に奔走したことで知られる。結局、その実現は、第二次大戦中ポツダム宣言により大日本帝国を占領した連合国軍の占領政策実施機関GHQ主導による「日本の戦後改革」を待たざるを得なかったが、戦後は、婦人運動、反戦・平和運動を推進した。
1911年(明治44年)9月、雑誌「青鞜」発刊を祝って、平塚が寄せた文章の表題『元始、女性は太陽であった』は、その後、女性の権利獲得運動を象徴する言葉の一つとして、永く人々の記憶に残ることとなった。
なお、平塚の氏名表記は一定せず、漢字で「平塚雷鳥」と書く場合もある。また、1908年(明治41年)3月、塩原で、森田草平との心中未遂事件(塩原事件)でその名が知られると本名の「平塚 明」を使用したり、あるいは「平塚明子」で評論の俎上に上がることもある。

 

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